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2019年 2月 9日 大学入試は熱意のものさし
こんにちは!
年明けからもう1ヵ月以上経ったことにただただ驚いている古郡です。
年を取ると時間の流れが速くなる、とはよくおじ様おば様方から聞きますが、自分も早くもおじ様の仲間入りしてしまったようです。しんみり…。
さて、学校によっては入試休みも終わり、受験生の先輩たちも私大の本番を迎え始める中で、
「もう受験まで1年切ったんだからね!スイッチ切り替えてね!!」
なんて学校でも家でも東進でも口酸っぱく言われ続けているみなさんは、きっと毎日コツコツ勉強にいそしんでいることかと思います。(だよね?笑)
でも、そんなとき、ふと
「なーんでこんなに勉強しなきゃいけないんだろう」
とか
「そもそも大学入試って何を測りたいの??」
なんて思うこともあるのではないでしょうか。
古郡は高校時代すごくすごく思ってました。
これに対して、大学に入ってから古郡なりに出した結論を述べようと思います。
それは、
「学力=最も平等に熱意を測るものさし」
である(というかそうとされている)ということです。
実際、堂々と言えることでもないですが、大学受験のために覚えた世界史の単語とか、古文単語とか、受験から3年たった今となってはもう半分も覚えていません。笑
なんでかって、大学で使う機会がないから。(もちろん専攻によってはあるでしょうけど!)
もちろん、大学受験の勉強の中にも教養として最低限知っておくべきものもあるでしょうし、大学での勉強の基礎となるものはたくさん含まれています。
でも、正直それらはセンター試験レベルで事足りるものだと思うし、大学に入ってからちょっと勉強すれば補えるものもかなり多いでしょう。
ではなぜ、大学は2次試験や個別試験で、実用レベルを超えた難問や、時によっては重箱の隅をつくような奇問を出題してくるのか?(あまりピンとこない人は、ぜひ志望校の赤本や青本を眺めてみてください)
結局それって、
「うちに入りたいならそれに答えられるだけの熱意(=勉強量)を見せてくれ!!」
ってことだと思いませんか?
だから、大学によって全然問題の形式とか傾向も違うのではないでしょうか。
何千人が受ける大学入試で、一人ひとりの志望動機を聞いて、面接して…なんてやることはほぼ不可能に近いので、最も平等に測ることのできる学力という尺度で、「その学校に入りたい!」という熱意を測っている、というのが古郡の大学入試に対する見解です。
もちろん、学力が本当に平等な尺度なのか?という議論はあるでしょうし、最近ではそういった観点からAO入試等を増やす大学も増えてきました。
ただ、「大学入試って一体全体こんな試験で何を測りたいんだ?」みたいな、若かりし古郡と同じようなことを考えている思っている高校生のみなさんが、ちょっとでもこれを見て腑に落ちてくれればな、と思っています。笑
…なんかかった~い感じになってしまいましたが(笑)、古郡も最近資格試験にむけて勉強中でございます。笑
ということで、一緒に頑張りましょう!!